いまの大久保には小泉八雲が住んでいたころの面影はほとんど残っていませんが、小泉八雲を大切にし、新たな「ゆかりの地」も誕生しています。
引き続き、天使姿になった小泉八雲先生と、彼の作品に登場するキャラクターたちに案内してもらいましょう。

| 私が生まれたギリシア・レフカダ市と新宿区は平成元年(1989年)に友好都市宣言をしたんだ |
■小泉八雲記念公園(新宿区大久保)。


「小泉八雲終焉の地」のほど近くに、小さな公園がひっそりと佇んでいます。
この公園、列柱が立っていたり、白い洋風のトイレがあったりして、どこかヨーロッパ風というか、ギリシア風なのです。
この公園は、小泉八雲の出身国であるギリシアをイメージして造園されたそうです。
アジアを中心とする多国籍な活気にあふれた大通りから路地に入った住宅街の中にあって、大久保のイメージとはだいぶ違い、閑静で落ち着いた雰囲気が漂っています。
ギリシア政府から贈られたという、小泉八雲の胸像も設置されています。
花壇もありますが、取材をしたのが冬だったので、あまり花は咲いていませんでした。春になれば、きっと綺麗に花🌻が咲いてくれるでしょうね。


■小泉八雲の墓(雑司ヶ谷霊園)
小泉八雲は、明治37年(1904年)9月、狭心症で亡くなりました(享年54歳)。
彼の墓は、最後の自宅から3キロほど北に行った、雑司ヶ谷霊園にあります。
なお、妻の節子さんも亡くなった後は同じ墓に入り、同じ場所で仲良く(?)眠っています。
なお、雑司ヶ谷霊園は広大な墓地で、作家の夏目漱石、永井荷風、画家の竹久夢二などの著名人のお墓があります。
陸軍軍人、政治家の東条英機のお墓もあるのですが、散骨されて遺骨は残っていないので、墓石が設置されているのみだそうです。
雑司ヶ谷霊園は、散策してみると思わぬ発見のある墓所です。
なお、葬儀を執り行ったのは天台宗寺院自證院。
このお寺は小泉八雲の東京の最初の家(富久町)のすぐ近くにあり、生前の八雲の散策路でもあったようです。
住職と親交があった関係で、葬儀もこのお寺に依頼した――という経緯があったようです。


| 八雲先生の前半生は「流浪の民」だったけど、後半生は、日本を愛し、日本に定住して、大久保の地で人生の最期を迎えたんだね! |

【住所】
小泉八雲記念公園
東京都新宿区大久保1-7
開園時間:4月~9月 8時~18時/10月~3月 8時~17時
雑司ケ谷霊園
東京都豊島区南池袋4丁目25
(小泉八雲の墓の番地は1-1-8)
文章・写真:桜美林大学 ビジネスマネジメント学群 新大久保商店街支援チーム
イラスト:高岡 洋介


